
■幸せの絶頂を失敗に終わらせないために
幸せなこと、と言われてあなたはまず一番初めにどのようなことを想像するでしょうか?会社で大きなプロジェクトに成功して出世すること?それとも、宝くじにあたって大金持ちになること?もしくは、毎日を平和に過ごせること、なんてお答えになる方もいらっしゃるかも知れません。これらのことも、間違いなく幸せなことではあります。しかしながら、一般的に幸せなこととは何か、と多くの方に聞いた時、恐らくもっとも多い答えというのは、「結婚」ではないでしょうか。結婚というのは、昔から男女の間を繋ぎ、二人が幸せな一生を共にする伴侶としての誓いを立てる、人生における一大選択であり、同時に最も大きなイベントの1つでもありました。この結婚という制度は、不思議なことにどんな地域のどんな国であっても、それが陸を接していなくても、それどころか文化を接していなかったとしても、何故かどこにも存在する制度でありました。人間が人間らしく生きることに必要なことが幾つかあります。その1つが文化でしょう。この文化が、何故か世界的に非常に広い範囲において共有されていたのです。これは、間違いなく人間がその本能として、あるいはそれに近い何か別の欲求として、男女が共に暮らし、新たな家族を設け、そして幸せな一生を暮らすということがインプットされていたに違いありません。高度な成長を遂げ、多くの文明が変容を遂げるこの世の中、確かに現在に於いて結婚に対する考えというのは、かなり変わりつつあります。例えば、男女共同参画社会が推進されることによって、女性は従来のように経済の問題を必ずしも男性に頼らずとも、その一生を過ごしていけるようになりました。同様に、家具や家電などが急速に成長したことにより、男性も家事をしながら仕事をすることが出来るようになり、ある意味では結婚によって伴侶を得ることによる、実利性というのは薄まりつつあるのかもしれません。それでも、人々は結婚を志し、それに対して願望を持っています。それはなぜなのか、やはり人間のDNAにインプットされた欲求がそうさせているのだと考えるより他にはないのではないでしょうか。しかしながら、この結婚というのは誰もが簡単に行えるものではありません。それはこの時代に於いてはかなり緩んでこそ来ましたが、昔から結婚というものには多くの制約がありました。まず1つに、両家の親の承諾です。最近では、ほとんどの場合が恋愛結婚であり、恋愛関係の道の上に結婚というものがあるという考えから、これらについては多少略式化されてきてはいるかも知れません。しかしながら、未だに結婚というのは個人同士のものではなく、「家同士」を結びつけるものであるという考えは、消滅したわけではないのです。そのため、両家の親によって承諾が為されなければ、きっと二人の結婚は至上の幸せというわけにはいかないでしょう。現在日本の法律においては、二人が共に成人している場合、実際にはこの両親の承諾というのはなくても入籍・結婚することが可能にはなっています。しかしながら、せっかくの「幸せ」です。本来ならば、それは出来ることなら両親にも共に祝って欲しいものであると考えるのが普通ですし、誰もが祝福の中で結婚を迎えたいと考えるのは当然のことでしょう。そのためにも、二人は共に両親の許可を貰う必要があります。ドラマなんかではよく見る「娘さんを僕にください」「娘はやらん」なんていうやり取りは、現在においてはそうめったにみられるものではないかと思います。しかしながら、特に女性側の親は未だに、娘の結婚に対してはよく考えて欲しいという考えを持っている人も少なからずいますし、そう考えるのもまた仕方がないことでしょう。子供達からすれば、頑固な両親が結婚を祝ってくれない、と感じるかもしれません。しかしながら、両親からすれば手塩にかけてきた子供です。本人達が良くとも、可能ならばどこの馬の骨とも知れない人に嫁や婿に出したくはないと考えるのは、当然の流れではありませんか。こういった両親の許諾が得られない状況の時、だからといって親なんて関係ないと結婚してしまうのは、私は得策であるとは思いません。結婚というのは人生の一大イベントです。同時に、家族との関わりというのも一生に関わる一大問題であるでしょう。どちらかのためにどちらかを犠牲にする必要はありません。粘り強く、両親にも祝ってもらえるように事を運べるように交渉をしましょう。子供も親も、人の子なのですから、長く関わり続ければ情も湧きますし、理解も得られることがほとんどであると思います。結婚へ至る第一関門として、この両親による許諾は、幸せな結婚には欠かせないことであると言って間違いはないでしょう。そして、晴れて両家の両親の許諾が得られたのならば、次にしなければいけないのは両家の顔合わせです。両親も本人達も、忙しいこととは思いますが、結婚というのは家と家との繋がりを作る一大事でもあるのですから、これもしっかりとして、両家が一丸となって進めていくというのが、もっとも求められることではないでしょうか。この両家顔合わせについては、結婚する二人がそのプランを作るのが一般的です。昔は女性側の家で顔合わせが行われるのが一般的でしたが、最近では二人の実家が遠い場合なども多く、そういう場合には両者が共に訪れやすい場所を設定するのが良いでしょう。最近ではレストランやホテルなどにおいて、これらの会場を提供してくれる場合もあります、お金は多少かかることに成るでしょうが、間違いのない環境をセッティングしたいのならば、それらを利用するのもよいでしょう。そうして両家の顔合わせが終わり、家同士の結びつきが出来た頃に、次に行わなければならないのは「結納」です。最近の若い人は実はこの結納というのを、それほどちゃんと理解していない場合もありますので、ここでこれがいったいどういうものなのかについても説明を加えていきたいと思います。結納というのは、両家の関わりをより堅固なものとし、結婚の約束についても同様に強固なものとするために、お互いが金品を交換する儀式のことを指しています。この結納は、地方ごとにかなりその風習が違っています。例えば関東であれば結納品を共に交換しますが、関西であれば男性側から女性側にのみ渡されることになる場合が多いようです。もし二人の出身地が違うのであれば、結納に関してどちらの風習を採用するのかは、両家の間で協議をしておく必要があるでしょう。多くの場合は男性側のものを採用するのが一般的ですが、もし女性側のほうが結納に対して強い希望があったりするならば、そちらを採用するのも問題はないでしょう。基本的には両家の協議間で決定されていれば問題はありません。勝手に決めてしまうことは後に問題を残す可能性もありますので、絶対にしないようにしましょう。結納の儀の行われ方は、まず仲人(媒酌人)を立てるか否かによって大きく変わってきます。仲人というのは要するに、結納や挙式などについてのサポートをしてくれる役目の人です。昔は仲人というのは結婚にはほぼ必須の存在でありましたが、最近ではほとんどの場合においては仲人が立てられないというふうに、その風潮はかなり変わってきているようです。ちなみに、仲人を依頼するにあたってその相手は、大抵の場合男性側の恩師であったり、あるいは上司などの、本人達にとっては目上の人で、両家の両親にはあまり関わりが無い人にお願いするのが一般的であるようです。この時気を付けなければならないのは、後に紹介する挙式のスタイルで、教会式を選択した場合に限って、この仲人は必ず夫婦でなくてはいけません。教会式の結婚式における仲人は、証人として男性側、女性側に一人づつつかなくてはいけない為です。さて、仲人をたてた場合には、結納は仲人を介して執り行われます。もし仲人を立てなかったのならば、両家が再び直接一同に介して、そこで直接結納を執り行うことになるでしょう。そうして結納までが済んだならば、次はついに挙式と披露宴という「本題」が待っています。このサイトでは、これらの挙式と披露宴についてプランニングしていくにあたって、是非気を付けていきたいことや、どこで選ぶべきなのかということについて紹介していきたいと思います。